2018/04/14

茶話会のお知らせ

年度が変わって、というわけでもないのですが、
茶話会をの会場を、これまでのアイーナから
変更して開催します。

4月28日(土)10:00~
参加ご希望の方は
info(a)catalyze-design.com ※(a)を@に変えてください
までご連絡ください。
折り返し、住所と地図のデータをお送りいたします。

アイーナという大きなビルの一室というのが
印象としてどうなのか、当初から少し迷っていました。
駐車場に車を停めて、ずいぶん長い距離を歩いて
会場の部屋に着く、その道程が少し気に掛かる。

家は建物だけでは成立せず、
周囲の環境の影響が大きい。
だから、道路から駐車場、アプローチ、玄関
という流れを大事に考えています。
その道のりでの印象、思考、感覚で
日々の生活の質はずいぶん変わるかも知れない。

茶室に至る露地のような大げさなことではなく、
もう少し気軽に入れる場所を会場にして、
より気楽に、悩んでいることや疑問に思うことを
率直に話して頂きたいと考えて、
もう少し気軽な場所を試してみます。

おおっぴらに公開したい場所ではないので、
お問い合わせの予約制とさせて頂きました。
盛岡市内には変わりありません。
どうぞお気軽にお尋ねください。

2018/03/21

巨人の肩

standing on the shoulders of giants.(巨人の肩の上に立つ)
という言い回しを知ったのは二〇〇〇年、
イギリスのロックバンドOasisが
同名のアルバムを発表したときだった。

ノエル・ギャラガーらしくない世界観の言葉だと思って調べた。
アイザック・ニュートンが、友人の科学者ロバート・フックに
宛てた手紙の一節で有名になったメタファーだそうである。

「私が彼方を見渡せたのだとしたら、それは
ひとえに巨人の肩の上に乗っていたからです。」

先人の発見、経験、無数の積み重ねの上に立っているからこそ、
いま自分たちがより多くのことを知識として理解し、
考察できているのだ、といったような意味でよく使われる。

科学には確かにそうした傾向が顕著に出るが、
本当は全ての仕事、人の営みが同じなのだろう。


スティーブン・ホーキング博士が亡くなった。
彼を知ったのも二〇〇〇年頃であったはずだ。
ベストセラーになった「ホーキング、宇宙を語る」を読んだ。
筋萎縮性側索硬化症という難病を知ったのもそのときだった。

手の届かない彼方の宇宙についてたくさんの理論を生み、
それを素人向けに平明に説明することにも
大きな才能を持っていた科学者で、難病の進行に抗い、
当時の常識的な余命を超えて研究を続けた。

その点だけを抜き出せば美談にされがちな生き方だろうが、
気に入らないヤツの足を電動車椅子で轢くのを
ストレス解消の手段にする突飛なところもあった。
そのことを記者に聞かれると
「根も葉もない噂だ、そんなこと言うヤツは全員、足を轢いてやる!」
と応えるユーモアも持ち合わせていたという。
聖人君子にはほど遠く、実に人間くさく思える。

面識もない私が、彼の人柄を評する資格はないしそのつもりもない。

ただ私にとって彼は、
裕福な生まれでなくても、大きな病を背負ったとしても、
「知」ひとつ、知識と知性だけを翼にして、
人は高く飛べるのだということを示し続けた人である。

彼もまた、巨人だった。

ウェストミンスターに眠ることになった彼は、
ニュートンと、ダーウィンと、マクスウェルと、
どんな話をするのだろう。

命日である三月十四日は、
アルバート・アインシュタインの誕生日であり、円周率の日でもある。

2018/02/17

カーリングやりたい

冬のオリンピックの時期になると、
いつもカーリングをやりたいと思う。

なにしろ「氷上のチェス」という二つ名が良い。
頭が良さげである。
チェスも将棋も、コマの動かし方とルールぐらいしか
把握してないが、好きなのである。

2018/02/10

合掌

石牟礼道子さん、死去。
もう90歳でいらしたそうだ。

苦海浄土は、生まれて初めて、たぶん人生で唯一、
読み始めてから一度で読み終われなかった作品。

言葉を奪われ、書くことも出来ないひとの声なき声。
その秘められた言葉の通路になったに過ぎない。
とご自身を表現されていた。

本心そうお思いだったから、設立されたばかりの
ノンフィクション賞を受賞しながら辞退されたのだろう。

水俣病の問題は、まだ解決していない。

どんなお気持ちだったのか。ただ悼む。

2018/01/25

1月の茶話会

昨年とまったく同じ、成人式あたりの時期に
また大風邪をひいてしまった。
計5日間、体温はほとんど38度台のままで、
今年もまたインフルエンザかと疑ったが
検査は陰性だった。

猫はいつも変わらない