2013/10/07

願いを懸けて

残暑厳しい東京での仕事が一段落して、
岩手に帰ってきたら気温が秋になっていました。

さらば東京。
















先週は一戸町の鳥越へ。
以前から一度、鳥越観音に行きたかったのもあって、
立ち寄ってきました。

途中に“もみじ交遊舎”という、鳥越の名産・竹細工を売ったり
ワークショップしたりするところもあったり、
道のりが険しかったりいろいろとあるんですが、
写真も撮らなかったので全部省略!

山門の狛犬だけはかわいかったので撮りました。
















盛岡八幡宮の狛犬にも通じる、不思議な面相です。
岩手の狛犬はこういうスタイルなんでしょうか。時代によるのかも?
ちょっと調べてみたいです。
そして本題の観音堂はこちら!
















このとおり、崖の中腹にお堂があるんです。
内部は恐れ多い感じがして写真を撮りませんでしたが、
10坪ほどの広さの洞窟があって、床だけは板貼りにして
天井と壁は洞窟の岩肌をそのまま用いる、という
なんというか、荘厳というのとはまた違う厳しい美しさを感じました。

こういう造りの建物を『懸け造り』と言います。
傾斜地・崖・渓流や小さな滝などに張り出し、または梁を懸け渡して
建物をつくる方法、有名どころでは京都の清水寺本堂なども
懸け造りの一種です。
でもこの鳥越観音は、あんな風流な感じではありませんね。

昔話によると観音堂がある鳥越山は、『鳥でも越えられぬ山』というのが
名の由来だそうで、そのくらい急峻な岩山の、さらに崖にお堂をつくった
ひとびとの、信仰や修行に対する真摯さや命懸けの思いに、
いろいろと考えさせられました・・・

美しくきらびやかな宗教施設も、この観音堂のように刻苦・克己を
旨としたような存在も、訪れる者に緊張感を持たせる建築なので、
私が仕事にする住宅建築とは反対の思想によって成り立っています。

だからこそ、ときどきこういうものを見て感じてくることによって、
住宅に持たせるべき空気、世界観などが削りだされてくる気がします。

まったく似ていないのに、パリのサン・シュルピス教会や
サン・ジェルマン・デュ・プレ教会を思い出したのも、その緊張感ゆえ
かもしれません。

古い素晴らしい建物が大好きです。