2015/11/28

山のふもと

すっかり雪をかぶり、あやしげな雲までまとった今日の岩手山。











山だけ見てるともう冬のようです。
最低気温が氷点下の日もだんだん増えてます。


先日、ひさしぶりに岩手県立美術館へ。
ミーツ・ザ・アーティストという催しで、鳥海修さんのお話を聞きました。

鳥海さんは書体をつくるお仕事をなさっています。

いまでこそ、PCが一人一台のような感覚になってきて、
フォントという言葉を誰もが当たり前に使うようになってきましたし、
無料でweb上から手に入れることもできるようになってますが、
これらの文字のおおもとは、専門家によって手作業で作られます。

その専門家の、偉大な存在のうちのおひとりが、鳥海さん。
東京にいた頃も、何度かトークショーなどにお邪魔したこともありました。

お生まれは山形で、名の通り鳥海山のふもとに育ったそうです。
その鳥海山の風景が、原風景として心に刻まれていらっしゃること。
鳥海さんにとっての恩師である小塚昌彦さん(この方も偉大な存在)から、
「日本人にとって文字は水であり米である」と聞いたこと。
そのことが原風景と重なって、書体設計者としての道を進んできたこと。

生い立ちから始まり、ご自身の歩んでこられた道を語られることで、
文字そのものへの思いや向き合い方が感じ取られて、
とても楽しいお話でした。

最後には、平仮名の「こ」をその場で作る、という大興奮のイベントも!












あまりバシャバシャ撮るのも気が引けて、
完成したところを一枚だけ。
美しい「こ」です。


写真の「こ」は明朝体です。
ゴシック体と対比して、明朝体のことを筆で書いたような書体と
表現する人もいますが、けっこう違います。

鳥海さんのお話にもあったのですが、明朝体の漢字は、
横線が細く、縦線が太いというのがわりと大前提になっています。
しかしそのルールを平仮名にあてはめてそのまま作ると、
写真のような「こ」にはならず、もっと記号っぽい文字になっていきます。

たとえば、平仮名の「あ」は漢字の「安」からできています。
明朝体の「安」と、「あ」。

同じ書体から取った文字です。

この漢字の「安」が筆文字っぽくなると…







こういうことじゃないでしょうか。
明朝体と筆文字っぽさはけっこう違うんです。
そして、明朝体のルールで平仮名の「あ」を作ると、
極端な話をすれば…







こういうふうになりかねません。
横が細くて縦が太いんだから、ルールには則っています。
(最後がくりんとしているのはちょっと大目に見てください。)

…こんな仮名が頻出する、本や雑誌などの長い本文、スムーズに読めます?
なんだかおかしい、というのがわかっていただけるんじゃないでしょうか。


明朝体は、明朝(みんちょう)というぐらいだからお隣の中国で、
明から清の時代、14~16世紀頃に成立したとされています。
だからおおざっぱにいえば、“漢字は輸入するだけ”で済んだのですが、
仮名はそもそも日本で生まれた文字です。
日本以外には存在しなかったので、ゼロから作る必要があった。

だからといって、既にある漢字の明朝体の見た目だけを流用したら、
上のように頓珍漢な文字になってしまい、本文が読みづらい。
読みづらいということは文章にした本意が伝わらないし、
それが文化そのものの衰退していく要因になるんです。
だから、今のように違和感のない書体を最初に作ってくれた人に、
驚異と、敬意と、謝意がつきません。

もちろん、書体設計に携わる方々は、こんなに主語の大きい、
歴史に関与するような仕事といちいち考えながら働いてるわけでは
けっしてないでしょうけれども。

それでも、もしもこういうシステム化された書体がなくて、
全ての出版・印刷物が手書きで行われる世界だったら、と
想像してみると、その世界の貧しさに眩暈がしそうになるのです。
だって、誰もが書家さんのように、カリグラファーさんのように、
美しい文字や読みやすい文字が書けるわけではないんですから。

こうやって誰もが使える書体を作ってくれた人がいるからこそ、
世の中の伝達事項が飛躍的に伝わりやすくなったわけです。
活版印刷だけが発明だったわけではなく、書体もまた、
文化・文明にとって重要な発明だったと思います。

そんなことまで想像を巡らせてお話を聞いていたら、
突如として岩手山の姿が脳裏に浮かんで、
「文字は水であり米である」という言葉が、
体の中に入ってきたような気持ちになりました。

文字を出発点にして、世界を飛び回って、
最後に故郷に戻ってきたような、渡り鳥のような気分。

鳥海さんの心にいつも鳥海山がある、というのも、
そういうことなのかもしれません。(勝手にそう思うだけですが。)