2017/02/19

やさしさ

2000年に、シュレーダー邸という建物が世界遺産登録された。
当時、僕は建築の専門学校に通う学生だった。

シュレーダー邸は、ヘリット・トーマス・リートフェルトという
オランダ人の建築家が設計した。
彼はデ・ステイルというグループ、芸術運動の
代表的人物とされている。

デ・ステイルについて、説明は長くなるので省くが、
ご興味があればウェブ検索をしてみてほしい。
たぶん見覚えのある方も多い、絵と椅子の画像が出てくる。

平面に垂直・水平の線を何本も引き、
それによって作られた四角形のいくつかを
3原色で塗りつぶされた抽象絵画は、
ピエト・モンドリアンの代表作。

椅子のほうは、背もたれが赤で座面が青の、
まっすぐな板だけで作られた、特徴的な姿。
レッド・アンド・ブルーという名前で知られている。
この椅子はリートフェルトがデザインした。

いかにも現代的で、洗練されているし、
僕のまわりでも好きな人は多かったが、
個人的にはどうしても好きになれなかった。
今もその印象はあまり変わっていない。

話が飛ぶようだが、ミッフィーを知らない人は少ないだろう。
ディック・ブルーナの生み出したキャラクター。

物心ついたときから存在していたから知ってはいたが、
その絵本を初めてじっくり読んだのは、
シュレーダー邸が世界遺産になったのとほとんど同じ頃だ。
銀座の教文館という書店に、理由は忘れたがぶらっと入って、
たしか「ちいさなうさこちゃん」を読んだはずだ。
福音館書店という出版社が発行するシリーズは、
ミッフィーではなくうさこちゃんという名前になっている。

ディック・ブルーナが、先述のデ・ステイルの影響も受けている、
というのを何かで読んで知っていたし、
恥ずかしいことだが、ミッフィーも単なるキャラクタービジネスの
一種だと思い込んでいたこともあって、
きちんと見たことはなかった。

それが、シュレーダー邸の世界遺産登録からリートフェルトを、
ひいてはデ・ステイルを思い出して、
たまたま立ち寄った書店でブルーナの絵本も見てみた。
昔のことの割によく覚えているのはそういう経緯があったからだが、
絵本から受けた衝撃もよく覚えている。

子供だましの大写しな絵柄ではなくて、
完全にデザインされている、と思った。
あまりにも直裁で、印象が強すぎて好きではなかった
単純な図形も、原色の使い方も、ブルーナの絵本では
感情や情景をうまく描写して、想像の余地は残すような、
優しいものになっていた。

それからブルーナのことを少し勉強して、いろいろ知った。
ブラックベアの一連のポスターや装丁のデザイン、
絵本「ミッフィーのたのしいびじゅつかん」は、
僕にとってグラフィックデザインにも興味を持つ
大きなきっかけのひとつになった。

サンリオと著作権侵害で係争中だったさなかに震災が起きたとき、
ブルーナはすぐに和解して義援金を寄付し、
あなたの人生はこれからも続いていくんだよ、と伝えてくれた。
ミッフィーの顔がいつも正面向きなのは、子供と目をそらさず、
あなたをいつも見ているよ、と伝えたかったからだ、ということも、
あとで何かで読んで知った。
そういう優しさとデザインとは、一体のものだということも学んだ。

先日のオープンハウスを見に来てくれたあるひとが、
僕を優しいと思った、と言ってくれた。
建築家と呼ばれる人が切り捨ててしまいそうな施主の望みを、
ちゃんと取り入れている、と。
あなたをちゃんと見ています、という設計をすることを、
ディック・ブルーナとビル・クリントンの影響を受けて
いつも意識しているだけに、その言葉は本当に嬉しかった。

そんな話をした翌日に、ディック・ブルーナの訃報に触れて、
いろいろなことをつらつらと思い出した。

貸したまま返ってこない「たのしいびじゅつかん」は、
「うさこちゃん びじゅつかんへいく」と改題されて
出版されている。
あらためて、それを買おうと思った。