2017/03/23

どこかでだれかが

幅は3mmか4mm、長さ90cmほどに、
ほそくうすく裂いた篠竹のひごを、縦に敷き並べる。
次に横に編みながら並べるが、単純に1本づつ、
互い違いに編むのではない。

縦の3本をくぐったら今度は2本またいだり、
2本くぐって1本またいだり…
もう覚えていないが、複雑に編み組む。
編んでいる最中にはなかなかわからなかったが、
出来上がりは綺麗な杉綾模様になっていた。

素人向けのワークショップだから、
数ある竹細工の中でも単純なほうなのだろうが、
それでも先生がいなければ、何年かかっても完成しなかったろう。












というより、厳密には一人で完成させてはいない。

最初に竹のひごを、茣蓙のような、筵のような感じに
編み上げた。そこまでは指示を受けながらひとりでやった。

そのあと、その一枚の、布状というか板状にしたものを、
曲げながら編みあげることで立体のカゴ状にする。
ある1本の竹ひごを、どの位置のどのひごと編み合わせるかが
決まっていて、四角く平たい編み敷きのようだった竹が
みるみるうちに底面と側面を持った立体になっていく。
底面と側面を、別々の5枚の板を角で貼り合わせるのではなく、
1枚が立体に、文字通りあっという間に変わっていくのだ。

その工程は、先生が代わってくれた。
そりゃあ、あんな複雑な動きは、教えられてその場で
ひとりで出来るようになんかなれないだろう。

これを読んでくださる方には申し訳ないが、
なんのことかさっぱりわからないだろうと思う。
その自覚はあるのだが、巧く伝わるようには書けない。
先生が竹ひごを編んでいく手指の動きは、確かに魔法だった。
その魔法を使えない僕が、文章にできるわけがないのだ。

魔法以外の簡単な、平面的な部分の工程だけ自分で進めて、
縁の始末をして、持ち手に籐を巻いて、竹かごは完成した。
その日の作業時間だけで言えば、過半を自分で作った、と
言えなくもないが、重要性の点ではほとんど何もしていない。
それでも、出来上がったときの充実感は格別だった。


昔、ビニルや革はもちろんのこと、布や紙すら
容易には手に入らない、大量生産できない時代があった。
どんな素材でも大量生産され、廉価になって
誰でも入手できる現代からその頃を振り向いてみると、
思っていたよりも最近までそうだったことに驚く。

自分の着る衣服の布地にいたるまで、何もかもが足りない環境で、
身近なものをどうやったら便利な道具にできるか、
どうやったら美しく見えるかを、考えに考え抜いて
工夫して改良を重ねて、竹や木や葉や紙を素材として
道具をつくり、大事にしてきた。
そうして磨かれて、伝えられてきた技術を見ると、
魔法のよう、としか表現のしようがない。











工業技術と情報技術がおそろしい速度で変化して、
今では、たとえば複雑で緻密な模様を、
見る間に木の表面に刻印していく、
コンピュータと連動した工作機械がある。
手彫りだったら何時間かかるのか、と思うような
綺麗な彫刻が、ほんの一服ぐらいの時間で出来上がる。

あるいは、樹脂や金属を材料に、設計された形状と
寸分違わぬ物を、一日に何百・何千・何万という単位で
大量生産する。

昔のひとから見ればそれも、信じがたい光景なのではないか。
現代にも、魔法はある。

いつも何気なく目にしている物は、器であれ道具であれ、
飾り物であれ、建物や街そのものに至るまで、
だれかが作っている。
人の手が加わらずにそこに落ちていた物は、
日常生活ではゼロに等しいぐらい使われない。

もちろん、使い勝手や品質、それに見た目で
品質に差はあるが、それをつくった人がいて、
魔法のような手つきで、仕事している。
それら無数の品物に、価値の無いものはない。
ただ、好き嫌いがあるだけだ。