2018/07/13

孤独

本当に驚いた時、人は「おお」とか「わあ」とか
大きな声が出ないらしい。

出張した仙台で、小中学校時代の同級生に会った。
いまは同じ盛岡に住んでいるはずだが、
普段はすれ違いもしないのに
まさか仕事の出先で遭遇するとは思わず、
思考も行動も止まってしまった。
















子供が小学校に入るまでの何年か、働きながら
子育てをして一人の時間を持てなかったから、
落ち着いたいま家庭と職場を休んで、
大学時代を過ごした街に来た。
ことさら名所やら何処に行くでもなく、
思い出のあるところを歩いたそうだ。

誰にも気を遣わずのんびり過ごした挙げ句に同級生に会うとは、
これだから一人で過ごす時間は必要なのだ、と言っていた。
その時間の豊かさに感じ入った瞬間、一週間前の光景が浮かんだ。


引き渡し後の定期点検で、ある施主の家を訪れた。
点検とは言い条、実際は食事会で、
施主夫妻も、姉弟ふたりのお子さんも歓迎してくれて
それは楽しい夜だった。

ひとしきり食べ終えて話していると、娘さんが呼びに来た。
ベッドを見ろと言う。
造り付けの、下部を洋服収納にしたロフトベッドで、
ハシゴで登ると枕のまわりにお気に入りのぬいぐるみが
幾つも置いてある。
それぞれにサイズを合わせて紙で作った布団があって、
居場所も決まっているらしく、一緒に暮らしている、
という感じだった。
彼女ひとりで作った、彼女の世界。

そうなのだ。
子供にも大人にも、ひとりの居場所、ひとりの時間が必ず要る。

ひとりの時、子供はチョウやトンボを追って分け入った原っぱで、
人ならぬ存在を感じ取って、自分だけの世界を作っていく。
いつかその世界を忘れても、ひとりで感じ取った経験が
他者の気持ちを想像させ、他者との関係を作っていく。

ひとりでいることは、孤独でいることとは違う。
大勢で酒を飲んでいても孤独なときがある。
ひとり静寂の中で本を読んでいても、誰かを感じるときがある。
自分以外の他者と本当につながるために、ひとりでいる時間が要る。

僕が図面にしたかったのは、その時間だったのだ。