2019/11/08

立冬

いつの間にか、もう立冬である。

七十二候で「山茶始開」(つばきはじめてひらく)。
つばきと読ませるが、字のとおり山茶花(サザンカ)の
花が開く時期、という暦だそうである。

サザンカは晩秋から初冬にかけて咲く花。
白鳥もすでに見かけたし、ほんとうに初冬である。

公孫樹は黄葉のさかりであった












今年はだいぶ、季節の実りを実感した。

頂いた栗で栗ご飯にした











南瓜は冬至のイメージがある











林檎は後半の品種に入っている












葡萄も例年になくよく食べた。
夏には桃も美味しく頂いた。
写真を撮るまもなく平らげたので、思い出だけである。

夏は夏で、何年かぶりに花火を会場で見たし、
ライトアップイベントも見た。






















季節ごとの催しも味覚も、充分に楽しんだ夏と秋だった。
これまであまり意識してこなかったことだが、
おかげで去年と比べて今年は、一年がけっこう長く感じる。

毎年、涼しい時期を過ぎて寒くなり始めると
一年が早いと戦慄に近い気分になっていた。
つまりはもったいない暮らし方をしていたのだろう。

これからの気の持ちようがだいぶ変わった。
さしあたって、あと2か月の今年をどう楽しむか、
初めての模索である。

2019/08/08

夏になる

早春から時間が飛ぶように過ぎ去った。
思い出して時間の早さに愕然とする。
光陰矢のごとし、を実感するときがきたのだ。

2019/04/27

早春雑感

岩手は桜が散り始め、北のほうではこれから咲くところで、
いまが早春である。
宮城以南はとっくに葉桜で、今年はえらく差が大きい。











この数日の盛岡は寒く、雨が降っている。
これで今年の桜も終わるだろう。


2019/03/02

午前十時の愉しみ

午前十時の映画祭というイベントがある。
今年4月からの1年間、第十回で終わるそうだ。

午前十時の映画祭10ウェブサイト





(このバナーは第一回のときのもの。当時はSNSが
 今のように活発でなく、個人のブログやウェブサイトに
 こういう公式バナーを貼って広報したのだった。懐かしい…)


2019/01/31

書く

旧暦の正月(ごろ)に書き初めを、
というワークショップに参加してきた。

最初に思いついた、抱負的な言葉を書いた。
















発想が年寄りっぽくて我ながら脱力したが、まあいい。
健康でありたい、というほど切実ではなく、
健康でないと仕事も滞るから気をつけよう、
ぐらいに思うことにした。

2019/01/15

時代

市原悦子さんの訃報に、自分でも驚くほど
大きな衝撃を受けている。

昨夏には、常田富士雄さんが亡くなった。
おふたりで、まんが日本昔ばなしの語りを担った。

男声の常田さんも女声の市原さんも、
それぞれがたったひとりで
老若も性格も問わず様々なキャラクターを演じ分け、
完璧に物語の世界を成立させていた。

20年もの長い期間、土曜の夜7時という
もっとも家庭に近い時間帯で放送されて、
その後も何度も再放送や特別編成で復活していた。

10年ちょっと前に「ごんぎつね」が放送された。
ラストの常田さんの声の切なさは、
いまも忘れられずにいる。

僕にとっての存在の重さで言えば、
子供の頃に見たどのテレビ番組よりも大きいのである。

おふたりとも、次の年号を見ずに亡くなった。
トーク番組や他のドラマでお声を聞いて、
まんが日本昔ばなしのワンシーンのようだと
嬉しくなることは、もう二度とない。

糸を引くようにほそくほそく続いてきたなにか、
子供時代につながるなにかが、
ぷっつりと切れて終わったように感じられた。

どうか安らかにお眠りください。



2019/01/12

平成最後の

昨年後半ぐらいから、年中行事には
何につけても「平成最後の」と枕詞がついた。
猫も杓子も、というような言葉遣いは
あまり好きではないが、事実として
平成最後の正月が終わった。











元旦は、さらっと雪が降った。長くは積もらなかった。
電話もメールも来ず、本を読んでいれば
いつまでも静寂の世界である。
元号はどうあれ、なにも変わらない正月であった。